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羽生善治『決断力』から学べたのは続けることの偉大さ

こんばんは。

 

電子書籍のセールで買った棋士羽生善治さんの『決断力』読みました。

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https://www.amazon.co.jp/dp/B009GPMUGC/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

 

最近、14歳でプロになった藤井さんが話題ですが

将棋のと言ったら羽生さん、というイメージがあります。

 

そもそも将棋については、ちょっとルールを知っているぐらいで

ほぼ無知ではあるんですが、この『決断力』は

将棋を知らない人だって学べることがたくさんありました。

 

続けること

才能とは、同じ情熱、気力、モチベーションを持続することである”

 

才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だ”

 

長年、トップであり続ける羽生さんがいうと重みがあります。

 

例えば、今日一日だけ自分で料理をつくってみるとします。

割と美味しく作れた、あぁよかったまた今度作ろう。

ってなりがちだと思うのですが

 

毎日365日、何年にも渡って美味しい料理を作り続けるのは

至難の技です。

 

仮に、なんの抵抗もなく続けることができる「何か」があれば

それ自体が才能だということです。

 

そして以下引用は、習慣だったり、続けたいことがある人には響く言葉なのではないでしょうか。

 

一つのことに打ち込んで続けるには、好きだということが根幹だが、そういう努力をしている人の側にいると、自然にいい影響が受けられるだろう。さらに、ペースを落としてでも続けることだ。無理やり詰め込んだり、「絶対にやらなきゃ」というのではなく、一回、一回の集中力や速度、費やす時間などを落としても、毎日、少しずつ続けることが大切だ。無理をして途中でやめてしまうくらいなら、「牛歩の歩み」にギアチェンジしたほうがいいと思っている。 「天才とは一パーセントの閃きと九九パーセントの努力である」  というエジソンの言葉は、どの世界にも共通する真理をついた言葉である。”

 

とにかく少しずつでいいから、同じペースで淡々と続けることが重要だということです。

 

今日一日だけ、10キロジョギングしてみよう!

と思って走るけど、明らかに自分にとっては長すぎるし辛いから

次また今後走ろう。

と、たまに走るぐらいで中途半端に終わるぐらいなら

 

毎日2キロでも、少しずつ続けることで、自分を鍛えることができるということを

羽生さんは考えているのではと思います。

 

少しずつ続けていくことで、無意識で取り組むことができるようになり

行動のハードルが下がることも大事ですね。

 

悩むこと

一つの局面を長い時間かけて考えることになる。たとえば、一つの局面で一時間、二時間、三時間と考える。だが、長い時間考えた手がうまくいくケースは非常に少ない。逆にいうと、一時間以上考えているときは、考えるというよりも迷っている。登山中に、霧の中でルートが見つからずに、同じようなところをぐるぐる回っているという感覚だ。この筋はダメという結論が出たときに、長い時間かけて考えると、その手筋を捨て去ることが思い切れなくなることもある。情が移ってしまうのだ。

 

これ、よく陥りがちなパターンじゃないですか???

考えてるようで、ただ迷っているだけ。

 

どちらかを選ぶべきなのかはわかっているのに

決心がつかない。

 

転職したいけど、決心がつかない。

好きな人がいるけど、告白する決心がつかない。

 

的なあの思考パターンですね。

 

時間をかければかけるほど、どれもよく見えたりダメに見えたりします。

 

やっぱり怖いですしね、決断することって。

 

でもそこは羽生さん。こんな言葉がありました。

 

”私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている”

 

これです、これ。

何もしないことが最大のリスクであるとも言い換えられます。

 

今ここで、辛いけど将来の自分を形作る方を選択することは

選ばなかった方が引き起こしていたリスクを無くしつつ

自分を磨くことができるんですよね。

 

まとめ

『決断力』を読んで見て印象に残った部分をまとめてみました。

 

習慣化できなかったことや、人生悩み気味な人には

効く一冊なのではないでしょうか。

 

10年以上前の本ですが、学ぶことはたくさんあります。

将棋に興味のない人だってすんなり読めます、僕も読めました。

 

ぜひ。